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浦和家庭裁判所 平成8年(家)610号 審判

申立人 埼玉県○○児童相談所長 A

事件本人 B

主文

申立人が、本人を里親に委託すること、もしくは養護施設に入所させることを承認する。

理由

1  申立人は、児童福祉法27条第1項3号の措置を包括的に承認する審判を求め、その理由として、要旨以下のとおり主張する。

(1)  本人の実父Cと実母Dとは、平成6年3月、本人の親権者を母と定めて協議離婚した。そして右Dは、平成7年5月Eと正式に婚姻し、本人と右Eとは養子縁組を結んだ。なお、それ以前からDとE及び本人とは同居していた(以下実母D、養父Eを合わせて「両親」と記載する。)。

(2)  ところで、本人について、両親による虐待の事実があったため、平成7年2月14日、本人を一時保護し、かつ、養護施設「a」に一時保護委託をした。しかし、本人の両親は、本人を養護施設へ入所させることを承諾しなかった。そこで、申立人は、家庭裁判所に対し、養護施設入所の承認を求めたが、右申立は認められず、本人は平成7年11月に両親のところに戻った。

(3)  ところが、本人には平成7年12月ころから不登校が目立っていたが、両親は平成8年2月になってからは、本人の小学校への登校を禁止し、学校からの働きかけにも応じなかった。そのうち、警察その他から、児童相談所に対して、本人が虐待されているのではないか、との通報がされるようになった。

(4)  平成8年2月26日には、本人は頭部挫創の傷害で、b病院で手当を受けた。しかし、両親はその後2回本人を病院に連れてきただけで、治療は中断の形になっていた。ところが、同年3月11日午前0時過ぎになって、本人の反応が鈍くなったとのことで、本人は両親に連れられて、同病院で再受診、新たな頭部傷害、栄養失調、脱水症状、意識傷害等が認められ、そのまま入院となった。その後治療が功を奏し、本人は回復して前記病院を退院し、現在は埼玉県○○児童相談所に一時保護されている。

(5)  これまでの経過からして、両親は、申立人の児童福祉法27条1項3号の各措置をすることについて、同意しないことは明らかであり、申立趣旨の審判を求める。

2  これに対して、両親は、本人が登校していないこと、その疾病、入院治療等の事実は認めたが、虐待の事実は否認し、退院後は自宅で本人を監護したいとの趣旨を述べた。

3  一件記録(調査官の調査及び平成8年(家ロ)第1002号審判前の保全処分申立事件、平成7年(家)第×××号児童福祉施設収容の承認申立事件の各記録を含む。)並びに本人の親権者両名及びF、G各審問の結果を総合すると、申立人の主張する事実のうち、両親が本人を虐待したかどうかはさておき、その余の事実、特に本人の傷害、入院治療、本人が登校していないこと等の事実は、申立人の主張どおり認められるほか、次の事実が認められる。

(1)  前件(平成7年(家)第×××号)の事件では、本人が右手前腕熱傷、顔面打撲を負い、治療を受けたが、治療に当たった医師達は、特に熱傷については、その傷の程度からして、たとえば熱湯に自分で手を入れるというような本人の過失による傷ではなく、外力が加わって強制的に熱湯に浸されたような場合に負う傷である、と指摘している。

(2)  今回の入院のさいには、本人は体はぐったりし、意識障害があり、一見して相当に悪い状況であった。その他の傷害についても、治療を担当した医師達は、諸検査の結果から明らかであるとして、相当長期間にわたり、本人は満足な食事を採っていない、つまり栄養失調の状態にあるばかりでなく、慢性的な水分不足があり、水分を採りたいと思っても、採れない状況に長時間置かれていたのではないかと推認している。なお、医師達は、もし本人の入院が、もう2、3日遅れていたら、入院時の意識障害はさらに進行し、悪くすると死亡するに至ったか、すくなくとも腎臓に致命的な障害を受け、人工透析等が必要な状況に至っていたであろうとも推認している。

(3)  また、本人は平成7年12月から、学校(小学校一年生)を欠席しがちであり、本年2月になってからは全く登校していない。

(4)  さいわい適切な治療がされ、本人の病状は順調に回復し、また、病院の医師、ケースワーカー、看護婦達の指導援護によって、その精神状態も安定してきた。そこで、平成8年4月16日、本人は治療の経過良好として退院を許可され、そのまま現在埼玉県○○児童相談所に一時保護されている。

(5)  両親は、本人をかなりの時間便所に閉じ込めたことは認めているが、水分をとるのを妨げたことや、長期間食事を満足に与えなかったことは否認している。基本的には本人を再度引き取りたいと希望しているが、本人の今後の監護、健全な育成について、これまでの方法を改善することなど、充分な配慮ができるかについては明確な陳述はない。

4  (1) 以上の事実のほか、一件記録から窺われる諸般の事情、両親の性格や行動等を総合すると、前記本人の各傷害が両親のいずれかの行為に直接起因するかは別としても、両親が本人の監護を怠ったことは明らかであり、このまま本人を両親の監護に委ねると、同様の事態が生ずることが充分に予想され、本人の福祉を著しく害する結果となると推認せざるを得ない。

(2) してみると、今後本人を両親の監護に委ねるのではなく、両親から離して児童福祉施設等において養育するのが相当であると認めざるを得ない。その期間も相当長期間にならざるを得ないであろう。すなわち、前掲の各資料によると、本人は、傷害(前記火傷)がまだ全治しておらず、再度の手術が必要であるし、また、これまでの栄養不良の状況から、本人の肉体的成長も著しく停滞しているのではないかと危惧される。また、前掲の各資料によると、本人には、学校や養護施設でかなりの程度の逸脱行動が見られたことも窺える。それらの行動も是正され、本人がこれまでに受けた心身の傷害から癒され回復し、健全な児童として生育していくためには、長期間にわたる充分な配慮がされた援護が必要とされることは明らかである。

(3) さらに、教護院入所の点について検討する。まず、本人が現在のようになったことについては、その年齢からしても、本人自身にはまったく帰責事由はない。本人はこれまでの成長の過程で、両親の愛情に恵まれず、かつ、健康上も配慮がされてこなかったものである。前認定のとおり、本人が通った学校、収容されていた養護施設等で、本人にかなりの逸脱行動があったことは確かである。しかし、その是正のため本人を一時的にしろ県内の教護院に収容することには、次のような問題を考慮せざるを得ない。まず、収容者の多数を占める中学上級または中学卒業者の非行性のある児童と共同の生活をすることになる。また、小学校2年生という本人の年齢は、同施設に収容されている児童らの中では、際立って幼いことになる。体力的にも、その施設での処遇についていけるか憂慮される。さらに、夫婦の指導員が同じ屋根の下で生活を共にするという、経験者による密度の高い処遇は期待されるが、同一の建物に7、8人程度が一緒に収容され、共同生活を営むことになり、しかも収容者の年齢差も大きいところから、上級生の影響も受けやすいものと考えられる。当裁判所としては、現在の状況で、本人の教護院の入所についてまで包括的な承認を与えることには躊躇せざるを得ない(処遇上教護院収容がどうしてもやむを得ない場合には、今後の本人の行動等を充分に観察、検討して、それらに基づき再度承認を求めるしかない。)。

(4) さらに付言すると、当裁判所としては、現在の本人の状況で、もっとも望ましいのは、親族も含む里親的な家庭での個別処遇で、これまでの欠陥状態の養育により心身に受けた傷から本人を回復させることである。もし養護施設に収容するとしても、収容者ができるだけ小人数の施設で、きめ細かな個別処遇が可能なところが望ましいものと考える。

(5) なお、予想される処遇の中で、今後本人が成長し、事態が理解できるようになるまで、両親との面接、その他本人との直接の交渉は禁止すべきである。面接交渉に両親としての権利性が認められることは否定できないとしても、これまでの経緯からして、本件はその権利の行使が制限される典型的なケースと認められるからである。

5  よって、参与員Hの意見を聞いたうえ、主文のとおり審判する。

(家事審判官 鈴木経夫)

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